わたしの愛読書

柳沢 秀郎



「D」という名のバンパイアハンターをご存知でしょうか。バンパイア(吸血鬼) をハント(狩る)するわけだから、とにかく強いのです。そして、このハンターは、男 性さえ見とれてしまうほど美しい容姿をした男性なのです。この美貌には、秘 密があります。彼はダンピ―ル(人間と吸血鬼の混血)なのです。

この人物紹介からお分かりいただけるように、わたしが愛読書として紹介する本 は、いわゆるSF(サイエンス・フィクション)で、この分野ではかなり有名な菊地 秀行氏がソノラマ文庫から出しているシリーズです。表紙や挿絵はまたまた有名 なイラストレーターの天野喜孝氏です。わたしがこの本に出会った きっかけは、中学時代からたまに読んでいた数々のSF作品の中に偶然菊地氏の 作品があったということです。

退屈な出会い話はこの程度にとどめて、作品の内容に戻りましょう。ダンピ― ルなどと一口に言っても、その意味するところは複雑です。なにせ、吸血鬼の特 徴と人間の特徴とを併せ持っているのですから。主人公の「D」の強さは基本的にこ の混血ゆえです。吸血鬼と同等の超人的な力を吸血鬼退治に使うわけで すから、「毒を持って毒を制す」といったところでしょうか。

しかし、混血ゆえに吸血鬼のもつ弱点もまた彼に関わってきます。たとえば、血 を吸いたいという衝動は、水に溶かした血液カプセルを飲んで鎮めなければなりませ ん。これが彼の日常食というわけです。また、昼間は夜に比べ、運動能力が低 下してしまいます。白木の杭で心臓を貫かれたら致命的ですし、川など、 流れている水も彼の自由を奪ってしまいます。

これらのハンデを考慮に入れても十分に強いその理由は、彼の左の手のひらに出没 する人面相にあります。この人面相には、しっかりと別の人格があり、「D」と 会話したりします。そして、この人面相は、自然界に存在する「地・水・火・風」 の要素をその口から取り入れることにより、「D」を生き返らせることもできるのです。 「D」が、本家本元の吸血鬼たちよりもその不死ぶりを発揮できるのは、この人 面相のおかげなのです。

吸血鬼といえば必ず思い浮かぶものとして、「にんにく」や「十字架」がありま すが、この「D」の世界において、その存在と効能については、人間たちをはじ め吸血鬼たちにもほとんど知られていないことになっています。たまに、登場 することはあっても、「奇妙な臭いを放つ植物の球根」とか、「細長いプレート を真中で接合したような金属器」のように表現されています。この作品世界を面 白くしている要素の一つは、SFということもあって、想像もつかないような超科 学兵器や武器が存在し、また、信じられないような特殊能力をもった人物や吸血 鬼が登場するのに、このようにもっとも基本的で決定的な二つの吸血鬼の弱点が 知られていないという点にあるのです。

この作品世界で吸血鬼たちは「貴族」と呼ばれています。その名の通り、彼らは 大変美しく、また気品や優美さを兼ね備えています。貴族たちは、かつて絶大な る知識と能力で、この世界に君臨し、高度に発達した文化でもって、人間やその ほかの妖魔、妖獣を支配していました。しかし、何らかの原因で滅びの道を歩む ことになります。「D」を始めとするバンパイアハンターたちの標的は、人間に 害を働くために賞金首となった数少ない貴族の生き残りというわけです。

また、地理的に説明すれば、この世界は経済的、文化的にもっとも発達した「都 (みやこ)」と呼ばれる中心部と、その周辺に限りなく広がる「辺境」とに大き く分けられます。「都」は貴族たちの残した文化的的遺産であり、今でもこの世界 の中心です。一方、「辺境」は、貴族の支配を解かれた妖魔、妖獣がうようよし ていて大変危険です。人間たちは、主にこの辺境で小規模な集落を作り、妖魔や 貴族と闘いながら暮らしています。「D」の活躍は、この広大な辺 境の旅先で出会うさまざまな「辺境の人々」との絡みの中で繰り広げられるのです。

「D」という名前についてですが、これは「ドラキュラ」の頭文字からき ています。また、この世界で、ドラキュラはすべての貴族達の親玉(もちろん 貴族の中で一番強い)であり、「神祖」と呼ばれていた伝説的(生死不明)な吸 血鬼ということになっています。これらのこが、シリーズを追うごとに少しずつ 明らかになって、ダンピ―ル(吸血鬼と人間の混血)である「D」の出生の秘密 やその強さの訳が分かってきます。

最後に、「D」の性格についてですが、彼はその美しい表情に喜怒哀楽を浮かべ ることはほとんどありません。あまりに寡黙であり、「木枯らし紋次郎」のごと き冷徹さを、他の登場人物や読者に印象付けます。そんな「D」がごく希に見せ る微笑や人間らしい温かみのある態度に読者も自然にニンマリしてしまうのです。

いささか、説明をしすぎたようにも思えますが、現在、シリーズ11、外伝1の 全19巻まで出ているので、しばらくは肩の張らない読書を楽しめることでしょ う。

(大学院博士課程)

The Chukyo University Society of English Language and Literature
Last modified: Mar 31, 2000

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