現代人の心を探る

中村賢一



現代はまさに「狂気の時代」である。新聞紙上、テレビ、ラジオで毎日のように暗い世相を反映する多くの事件が報道されている。子供が父親を殺したり、あるいは、父親が、子供を殺す。自分の欲求不満を満たす為に、無差別に人間を殺す。など。まだまだ暗い事件は多い。これらの事件は、戦後になってから、きわめて多くなり、特に最近顕著であります。

私はこのような現象は、今日の社会、学校教育と深い関係があると考えます。特に戦後の社会のあり方に問題があります。それは、言うまでもなく、戦後の日本人が経済を少しでも繁栄させるために、物質的繁栄を第一に考えたことです。日本人の生活は多忙な雑事に追われ、とにもかくにも生きていかなければならないというような、いわば、がむしやらな生き方をしてきたわけであります。

そういう現代人の心の中に入ってみると、外面はとても安定しており、順調にいっているようにみえますが、心の内側に入ってみると何か索漠とした気持で物の表面だけに移りゆくといった傾向が、特に今日強くなってきたように感じられます。

日本人は戦後あまりにも西洋思想ばかり採り入れ東洋思想は顧みられることなく、合理的な物の見方考え方を尊重し、感情を重んじるのは原始的な人間であり、すべてに関して頭で考えて、不要と思われるものは、切り捨ててきました。人間は理性的でなければならないと。それゆえにこそ今日の経済大国日本が存在するわけであります。

しかし、あまりにも文明が発達したために、人間は機械の一部とみなされ、人間の感情を抑圧し、人間一個人の尊厳は失われてしまいました。自然は姿を消し、現代人はコンクリートジャングルと呼ばれるような窒息しそうな場所に住むことを余儀なくされ、落ちついて将来のことを考える余裕さえなくしてしまった。

このような環境に住む現代人はストレスが発散できないので、常に神経がイライラし、精神の安定を得ることはきわめて困難であります。高度な文明発達にともない人間は苛酷な頭脳労働を強いられるために、今日我々は10人に1人がノイローゼで、一億総ノイローゼの時代に突入しています。

今日の社会は自由な社会である。あちこちで、自由になった。自由になった。と「自由」という言葉が聞かれますが、ほんとうに人間は自由になったのであろうか。私は今日の人間は非常に「不自由」になったと思うのであります。あまりにもすべてが機械化されたために、「人間疎外」という現象が生じ、スキンシップがほとんど失われてしまいました。母親は「母乳」で子供を育てることなく、ほとんど「ミルク」であると言われています。

これはアメリカの心理学者ハーローの実験で実証されたことなのでありますが、乳房を持った親猿を2匹作りました。一方の猿の乳房は人間のように柔らかいスポンジ製。もう一方の猿のそれは金属製で冷たい。子猿が押せば乳が出てくる仕掛けであります。スポンジ製の乳房を与えられた猿はとても陽気で、イライラがほとんどない猿に成長しましたが、他方、金属製の乳房を与えられた猿はスキンシップがまったくないために、イライラしやすく、ストレスに弱い猿に成長したというハーローの実験は有名であり、スキンシップの重要性を強調しています。さらにハーローは、スキンシップを欠く子供は成長して、「退行」「逃避」「自殺」のどれかに走るケースがきわめて多いと語っています。

社会があまりにも進歩し、機械化されると、人間の理性には支障を起さないが、感情に支障が起きてきますので、感情の処理の方法が、これからの課題として残ると考えられます。教育上の問題にしても、これが考慮されなくては根本的な解決を図ることは困難であります。いまや人間の再発見、自己の再認識、人間性の尊重、人間性の回復を目ざす教育が強く望まれます。人間にとってもっとも安定した状態とは、理性と感情のバランスがとれている時です。現代人にとり今日もっとも必要であるのは、理性と感情とのバランスを整えることではないでしょうか。理性と感情とのバランス、「バランスの哲学」こそ現代人にもっとも必要であると思います。

(文学研究科英文学専攻修士課程修了)


The Chukyo University Society of English Language and Literature
Last modified: Tue Nov 17, 1998

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