Henry David Thoreau (1817-1862) は、 アメリカン・ネイチャーライティングの元祖であり、彼は自然に対する鋭い観察眼に よって、彼自身が自然の一部になり、人間と自然についての見解を 文字に刻んだ。急速に滅びゆく自然環境において、ウォールデン湖 のそばに自ら小屋を建て納得いくまで自然を見つめ自然と対話した ことから生み出された Thoreau の代表作 Walden (1854) は、 人間 が自然環境と調和を保つ必要性を浮き彫りにしている。ニューイン グランド超絶主義を表した主要な作品である。森や草花そして動 物、湖、さらにさまざまな生物、あるいは大空を舞う鳥、それらひ とっひとっに目をとめ、自然観察者として、そして作家として眺め、 Thoreau はそれらを作品にしていった。彼はこよなくコンコード の自然を愛した。Thoreau にとってその未知なる世界は驚異であ り、終生観察するに足る対象であった。本稿では、Walden の根底 に根ざしていた自己探求の意味を探る。
Thoreau はマサチューセッツ州コンコード付近のウォールデン 湖で・二年ニカ月の間暮らして、簡素な生活を実践する。衣食住の 面での無欲さは彼の無垢な心の表れだ。詳細な自然観察を行う時間 を得るためには、生活の質を落とす必要があった。そして、彼は森 に満ちている生命の流れを見つめる作業を続けていった。彼は自分 自身の生き方を発見する真撃な姿勢を描くことで、読者に真実を探 求しながら人間が自然環境と調和を保っ生き方の意義に認識をもた らそうとするのである。
I
1845年の七月四日に Thoreau は二つの目的でウォールデン湖畔
の小屋へ移り住んだ。一つの目的とは A Week on the Concord and Merrimack Rivers
を書き上げることだった。A Week におい て、Thoreau
は生き生きとした言葉で兄とボートで下った川派の
思い出や人間と自然についての見解をつづり、この作品には
Walden の中心テーマである自然の意味や価値の萌芽が明瞭に見ら
れる。もう一つの目的とは、物質文明から脱出して自然と一層深く
対峙できる生活を試みることだった。Michael
Meyer が "Tho- reau went to the woods
to solve some of the practical problems of
life and to be instructed by nature."
(1) と指摘して いるように Thoreau は自然を良さものであるという超絶主義者の
考えに基づき、自らの思考を自然の中で清め高めようとした。
Ralph Waldo Emerson の思想に賛同していた
Thoreau の自然 観察は、超絶主義の聖書とされる
Emerson の Nature に基づいて いて、自然は真実を表現する言語である。
1. Word are signs of natural facts.コンコードの自然との邂逅により、自然に魅了された Thoreau は 自然観察により、自然界の意義と美を認識することでどのような自 己探求をしたのだろうか。
2. Particular natural facts are symbols of particular spiritual facts.
3. Nature is the symbol of spirit. (2)
彼は Walden で、自然の中で自己探求することで内面的に清めら れ、高められていく人間の姿を描写している。Richard Schneider は、具体的な自然のかたちを鋭い観察眼を通して描写することで、 Thoreau は自然の心理を探求していると次のように指摘している。
Underlying all of these aspects of his life was the rock-bottom purpose he faithfully pursued until his death: the search for reality. He was driven by the idealist's belief that there must be some absolute reality somewhere, that in that absolute reality God resided, and that the most basic goal of life was therefore to seek that reality. Everything he did was directed toward achieving that goal himself and urging others to do so in their own way. He explored nature because the most accessible reality seemed to lie there. (3)そして、私たちが有益な生活を送るために真理を追求するように勧 めているのが、彼の思想の真髄だという。
It is this invitation to live, each of us in his or her way, "more worthily and profitably," seeking "that which is most impor- tant," that is the crux and the most constant feature of his thought. (4)Thoreau の実体験が展開されたこの作品で、"Economy" は序章 にあたり、彼がウォールデン湖畔で生活していく上での具体的な記 述があり、最もぺ一ジ数の多い章だ。簡素な生活によって自然の真 理を探求することで、自然の中に人間の精神の象徴を見出し、自分 自身の生き方を確立しようとするのである。"Most of the luxu- ries, are not only not indispensable, but positive hinderances to the elevation of mankind." (5) と述べ、贅沢なものしか目にはい らなくなると大切なものを見落としてしまうと指摘している。生活 から余分なものを排除しようとする彼の基本的な姿勢が示されてい て、彼の強い意志が反映されていると思う。ウォールデン湖畔での 生活を始めるにあたって、彼の基本的な姿勢に沿った条件を整えて いくことが第一段階だ。彼が望んだ簡素な生活とはどのようなもの であったのだろうか。Thoreau が好んだ "simplicity" という言葉 は、この作品で繰り返し使われている。彼は "Simplicity, simpli- city, simplicity! I say, let your affairs be as two or three, and not a hundred or a thousand ... and keep your accounts on your thumb nail."(91) と語り、簡素性の大切さを強調してい る。彼の簡素性が超越主義に基づくものだと主張した David Shi は、生活を経済的に簡素化して、残った時間を自己探求にあてるこ とが超越主義者の考えだと次のように指摘している。
Since the Transcendentalists were convinced that life was too precious to waste on the mere pursuit and enjoyment of things, their common goal was to develop modes of living that reduced their material and institutional needs to a minimum so that they could more easily pursue spiritual truth, moral ideals, and aesthetic impulses. (6)自己探求に時間を費やす考えを固めた上で、Thoreau は人生に対 してどのような姿勢を示したのだろうか。
"Economy" は、人生におけるThoreauの信念を軸に繰り広げら れている章と言えよう。彼はかなり前に行方不明になった猟犬、馬、 ぎし鳩を探している。Owen Thomas は "Probably symbols for the unattainable things of life." (7) と語り、これらの動物は人生に おいて成し遂げられていないことのシンボルだと指摘している。人 生のまだ到達していない目標へ向かって進もうとする Thoreau の 前向きな姿勢がうかがえる。彼の実践的志向は人生が挑戦であるこ とを見出しているのである。彼はウォールデン湖へ行った目的を次 のように語る。
I went to the woods because I wished to live deliberately, to front only the essential facts of life, and see if I could not learn what it had to teach, and not, when I came to die, discover that I had not lived. I did not wish to live what was not life, living is so dear; nor did I wish to practise resignation, unless it was quite necessary. I wanted to live deep and suck out all the marrow of life,... (90-91)人々から離れて湖の近くに独居生活をすることで、執筆活動、思索 するのに適した環境を整えようとした。自分を惑わすものがない環 境にいると、人々は純粋な感受性をもつことができる。彼の視点は、 人々の日常生活の中の必需品に向けられていく。彼は自らの簡素性 の概念によって、ものを贅沢品と必需品に分類する。Richard Schneider は "By this definition he concludes that there are only four necessities―food, shelter, clothing, and fuel."(8) と Thoreau が必需品を食料、住居、衣服、燃料の四つに限定したと指 摘する。人間どって不可欠な衣服を取り上げた章では、衣服を新調 しないで古着を着ることを提案し、"keeping new wine in old bottle"(24) と巧みなたとえを用いて、古着は着ていても内面的 には新しく生まれ変わることを理想としている。流行の服を身につ けることに関心をもつよりも、"aim at some thing high"(27) と 言って、失敗を恐れないで崇高なものを目指すよう Thoreau は述 べ、私たちを自己探求の世界へ導く。
Thoreau はウォールデン湖畔に居を構えた二年ニカ月の間に、 人生に対してどんな目標をもっていたのだろうか。Richard Schneider は "the goal of Thoreau's pilgrimage―and presum- ably the reader's―is spiritual progress, to explore beyond the restricted boundaries of our materialistic lives to find new truths and thus to become a new person." (9) と述べ、物質 的な豊かさに慣れてしまった生活から離れて、新しい真実を探求す ることで、精神的な成長が遂げられると指摘している。Thoreauは 読者の人間的な成長を望んだのである。素朴な自然の一部であるか のように暮らすこと、つまり人間が自然と調和を保つことが Tho- reau の生活における理想だ。読者が "be very careful to find out and pursue his own way"(71) と自分なりの方法で自己探求す ることを、彼は期待した。彼カミ型にはまった方法でなく、自分なり の方法にこだわったのは人間には多くの可能性があると信じていた からに他ならない。Thoreau は人間の可能性を信じていたからこ' そ、ウォールデン湖畔での生活を始める決心をしたのである。
U
Walden の全体のテーマである自然を観察して真理を探し求める
ことで自然との共生をはかり、自己探求する手立てとして
Tho- reau は質素な生活を実践する。Thoreau
の無垢な心は衣食住の面 での無欲さに見出される。衣服の本来の目的は体温を保ち、体を被
い隠すことだとみなすのが彼の考え方である。そのため、新しい服
を新調しないで、古着を着ることを提案する。食料に関しては、自
給自足しなくなった人間の愚かさを指摘している。"Men
have become the tools of their tools."(37)と嘆いて、かつては自由
に果実をもいでいた人間が農民となったように、人間は自然の中で
道具になってしまったというような状態を変えるためには
"be as simple and well as Nature"(78)
と語り、自然のように素朴で賢 明な心の持ち主となるよう読者に呼び掛けるのである。
素朴で賢明な心とは "philanthropy"(慈善行為)でなく、"cha- rity"(慈愛)のことである。慈愛とは無意識の心の豊かさであり、 人の優しさのことだ。意識することのない行動から真実が見出され るため、慈愛は尊重されるに値する。
外形と内面、住居とその住人の精神、小屋と Thoreau というよ うに、外と内の対比が衣食住のテーマの根底にある。住居に関して は、建物で重要なのは外ではなく内、つまり想像力をかきたてられ る内部での生活のため、最も興味をひく住居は丸太小屋か田舎の家 だと Thoreau は語る。家具については、人間にとって本当に必要 なものは限られているため、最低限のものだけをそろえている。そ して、彼はぜいたくをしないかわりに、自由な時間をもつことを選 んだ。このような時間を有効に利用することで、あたり一帯を歩き 回った経験を軸に、自然そのものに対する Thoreau の鋭い観察力 が養われたのである。豆作り、ウォールデン湖や動物の観察、毎日 の散策を彼は積極的に試みる。Richard Schneider は "His method of walking in the woods he called 'sauntering'"(10) と 語り、Thoreau は自分流の森の散歩法を「散策」と呼んでいたと指 摘するように、彼は散策に独自の意味を見出している。彼は散策に 出かけ、自然の多様な動きを観察することで、季節と共に変貌する 自然の中に身を置くことができた。
一年のうち六週間で生活に必要な費用を稼ぐことができるという 驚くべき事実を発見した Thoreau は、経済的に豊かな生活を送る ためのお金よりも、自然とのかかわりを保っ自由な時間の方が貴重 だと主張している。"Economy" は、"be an azad, or free man, like the cypress.'"(79) と、何の実もつけず常に繁栄している糸 杉のように自由になろうという言葉で結ばれている。ここで、 Thoreau が目標とする対象が人でなく、自然であることは明らか である。
彼は日記で、"Natural objects and phenomena are the origi- nal symbols or types which express our thoughts and feel- ings"(11) と語り、 自然は人間の思想や精神の象徴であり、原型である と認識している。このような彼の自然意識は Emerson の Nature に基づいた超絶主義的な自然観が根底にある。
Every natural fact is symbol of some spiritual fact. Every appearance in nature corresponds to some state of the mind, and that state of the mind can only be described by presenting natural appearance as its picture.(12)Thoreau は自然な様々な動きを鋭敏に感受し、観察することで、自 然の価値を認めていた。そして、Thoreau は自然の外側だけでな く、内側をも眺めることができる。Michael Meyerは "nature presented itself to Thoreau as a universal language expre- ssive of spiritual truth"(13) と語り、Thoreau には自然から真実を 見出す能力があると指摘している。そのため、彼は自由な時間を もっぱら自然観察に費やし、種々の自然の相を豊かにとらえる。 Sherman Paul は "Nature, therefore, became the crucial term, the place of spiritual alchemy"(14) と語り、自然は Thoreau に とって精神が浄化される大切な場所だと強調している。
また、動物の様々な動きを観察して、そこから彼が精神的な意味 を認識していることは次の二つの例から明らかだ。まず第一にまだ 冬眠から覚めていない縞蛇がウォールデン湖の中に入っていくのを Thoreau は目撃して、この一匹の縞蛇は低俗な現在の状態にとど まっている人間を象徴していると考える。そして、現状をあきらめ て過ごすのではなく、覚醒を得て高尚でより精神的な生活を目指す よう Thoreau は読者の心に訴える。精神的に再生することは自己 を見つめ直し、目覚める事で実現する。現状に甘えていても変化、 つまり人間性の成長は望めないからである。現状を変えるため Thoreau がウォールデン湖畔の小屋での暮らしを始めたのは、ア メリカの独立記念日、七月四日だった。この日を選んだということ は、彼にとってこの日が記念すべき喜ばしい日であったからであろ う。
第二に、Thoreau は大空で舞い上がったり、降下したり、接近し たり、離れたりしている二匹の雌鷹の姿が彼自身の思想の具体的表 現だと考え、その動きに親しみを感じる。Sherman Paul は Emer- son が Nature で述べたように人間と自然の営みには類似点があ り、実際に自然と接することで精神的に豊かになれると次のように 語る。
Natural phenomena, as Emerson reminded his generation in Nature have always provided the richest analogies for human life; language, myth, and ritual have sprung from man's interac- tion with nature.(15)豊かな自然g中には人々の励みとなる世界があり、その中で Tho- reau が孤独を感じることはない。彼は違和感がないほど自然の中 に溶け込み、自然の一部となって暮らせると次のように語る。
This is a delicious evening,when the whole body is one sense, and imbibes delight through every pore. I go and come with a strange liberty in Nature, a part of herself.(129)しかし、Thoreau は一度だけ自らが選んだ自然のなかでの独居 生活に不安を感じた。自らの生活を冷静に見つめ直すと、文明社会 を離れ近所に人がいない孤高な環境が問題に思えたのだ。"Soli- tude" で最も印象的な場面は Thoreau の不安がしとしとと降る雨 によって消され、面との避逓により自然と深い交わりをもっている ことを読み取り、隣人がいないことは取るに足らないことだと自覚 するところである。雨の音を聴くことによって、豊かな自然が自分 の身近に存在しているという手応えを直に感じた。この経験がきっ かけとなって精神的な成長が Thoreau に見られる。社会を逃れて 孤独に見えるウォールデン湖での生活も彼は孤独ではないと断言し ている。なぜなら、人と会う頻度と心の交流は関係ないのであり、 頻繁に行き来しでもお互いの心をより通わせることはできないから である。彼は独りで過ごすことを好み、社会を逃れて生活する利点 を自覚してその快適さを理解している。
しかし、Thoreau は孤独癖をもっていたわけでもなく人間嫌い でもなかった。実際にはウォールデン湖の小屋に訪問客が多かった ことから明らかだ。彼はくだらない付き合いは好まないだけであ る。友人と心の通ったコミュニケーションを行うためには、頻繁に 会わなくても事足りる。
そして、自然と共生を目指し、全体的な自然を理解するため Thoreau は豆作りを試みる。Sherman Paul は Thoreau にとって の豆作りの意義は、自然の過程に参加して、自然との結びつきを深 めることにあったと次のように語る。
The hut was perhaps the most obvious symbol of building his life, but his occupations in the woods also followed the cycle of the seasons, the growth of consciousness, and the increasing need to penetrate to the spring of springs. The first major symbol of this was the beanfield.... He had worked in the beanfield, moreover, not so much for the sake of beans ... as for the sake of participating in the natural processes, for intimacy with nature, because he believed that farming was a natural and unspecialized vocation, a primitive and universal one, that men were cultivators, as Varro said, before they were citizens.(16)豆畑の耕作に携わったのは豆に関する知識を増やすのが目的で、食 用とすることを目的としない点に Thoreau 特有の信念がみられ る。Emerson は木の葉一枚、水の一滴、結晶体一個、一瞬の時間な どから構成される統一性を備えていることを次のように指摘してい る。
Herein is especially apprehended the unity of Nature,―the unity in variety,―which meets us everywhere.... A leaf, a drop, a crystal, a moment of time, is related to the whole, and partakes of the perfection of the whole. Each particle is a microcosm, and faithfully renders the likeness of the world.(17)Emerson の思想を実践する生活を試みた Thoreau は、豆畑で働く ことで自然に直面して、その中の個々のものに目を向けて自然の統 一性を理解しようとしている。彼は土に "sincerity, truth, sim- plicity, faith, innocence"(164)(誠実、真理、簡素、信仰、無垢) という種子をまいて、そのような種子が成長するかどうか見てみよ うと述べている。これらの五種類の要素は Thoreau のウォールデ ン湖での生活を象徴する要素であり、彼はこの実験的生活でどのよ うな成果がもたらせられるか実践しているのである。
Thoreau は豆作りの結果について言及し、自分のまいた数々の 美徳の種子が芽を出さなかった事実を次のように語る。
I am obliged to say to you, Reader, that the seeds which I planted, if indeed they were the seeds of those virtues, were wormeaten or had lost their vitality, and so did not come up. (164)そして、数々の美徳を備えた人と接すると私たちは活力を与えられ るため、Thoreau は豆よりも新しい世代の人間に関心を持つよう 呼びかけている。彼は自然の多様な動きを視察する立場に身を置き ながら、身近な人にも関心を向ける。
まず最初に、彼の小屋の訪問者であるカ才ダ人のきこりを取り上 げ、"simple" で "natural" なきこりは確固たる自分の考えを持ち、 最も底辺で生活している人々の中の天才であり、ウォールデン湖の ように、底知れぬ深い考えの持ち主であるとその魅力を語るのだ。 Thoreau は豊穣な生命感に満ちた自然と調和を保っ彼の生き方を 評価している。しかし、きこりには崇高なものを目指そうとする、 つまり、Thoreau が理想とする "aim at something high"(27) という姿勢がまだ備わっていない。
身近な人々の中で、Thoreau が最も敬意をはらっているのは Bronson Alcott だ。彼と Alcott は気が合い、交流があった。
Another influential friend was Bronson Alcott, who, attracted by Emerson, had moved to Concord in 1840.... Although Alcott could rarely be enticed out into the woods and Thoreau was more than little amused at Alcott's impracticality, the two spent many hours in congenial conversation.(18)Thoreau は Alcott の現実離れした考えを面白く思っていたし、 Alcott は Thoreau の才能をはやくから認めていた。Thoreau にとっては自分とは異なる能力に秀でた Alcott はいかにも魅力的な人物であったと思われる。
"Winter Visitors" で "for he was pledged to no institution in it, freeborn, ingenuus.... Nature cannot spare him."(269) と Alcott は世の中の制度にとらわれない高潔な人間であり、自然 は Alcott を手放すことなどできないと Thoreau は賛辞を送って いる。そして、日記で "He is not pledged to any institution. The sanset man I ever knew; the fewest crotchets, after all, has he."(19) と語り、Alcott の資質を高く評価している。 調和のとれた精神の持ち主である Alcott は Thoreau が理想とする人物だっ たのである。
"Spring" でウォールデン湖の氷は音をたてて溶け始め、季節は 冬から春に移り変わる。池の中央部から氷原がバリッと音をたてて 割れる場面こそ、春になる瞬間だ。氷で閉ざされていた世界が再び 開放される。"The change from storm and winter to serene and mild weather, from dark and sluggish hours to bright and elastic ones"(312) と暗くて緩慢な世界から明るくて開放さ れた世界へと推移する様子を語り、冬と春の対比が顕著に現れてい る。生命力にあふれるも春の訪れにより、私たちは自然の秩序や回 復に対する偉大な力に気づく。日記で "Spring has a beauty of its own which we would not exchange for that of summer, and at this moment, if I imagine the fairest earth I can,it is still russet, such is the color of its blessed isles, and they are surrounded with the phenomena of spring."(20) と語り他の季節 には見られ.ない美しさを備えた春は Thoreau が最も好んだ季節で ある。豊穣な生命感に満ちた春に、自然は新しい姿を帯び始め、春 は再生を象徴する季節だ。雀や青鶫、歌雀、脇赤鶇が冬眠から覚め、 美しい歌声でさえずり、脂松や樫の木立は生気を取り戻して芽を出 し始める。"the coming in of spring is like the creation of Cosmos out of chaos and the realization of the Golden Age."(313) と再生を象徴する春の訪れには重要な意味があり、春 は Thoreau にとって特別な季節だと言えよう。
V
Thoreau が森の生活を切り上げ村に戻った理由は謎めいている
ように思えるし、彼はウォールデンにとどまるべきか離れるべきか
決断に迷っていた時期であった。Stephen Adams
と Donald Ross, Jr. は彼の迷いは、"Brute
Neighbors" での隠遁者と詩人の 会話で暗示されていると次のように述べている。
It is part of "Brute Neighbors" (ch.12), another turning point in the book. The movement begins with the dialogue,... between the Hermit and Poet, figures who represent two sides of Thoreau.... Thoreau wonders whether he should remain a hemit at Walden pond, the lofty and pure heaven he has discovered, or become a poet, a social beings committed to life in this world,... (21)隠遁者のままウォールデンで暮らすべきか、詩人となってウォール・ デンから離れるべきか Thoreau は迷っていた。ウォールデンにと どまる場合、現実社会とのつながりを保ちながら自己探求を続ける ことが難しくなる。そのため、結局 Thoreau は自己探求を続けな がら作品牽作り上げる詩人となる道を選ぶ。さら・に、ウォールデン だけが世界ではなく、Thoreau はおよそ二年間暮らしたウォール デンから離れる時だと意識した。毎日の散策での自然観察により、 身近な自然との接触を行い、Thoreau にはやるべきことは達成し てしまったという感慨がある。ウォールデンという一つの世界だけ でなく、彼は広い視点で他の世界が見てみたくなったのである。彼 の視点はウォールデンから外の世界へ向けられようとしている。彼 は "Conclusion" で森を出た理由を次のように述べている。
I left the woods for as good a reason as I went there. Perhaps it seemed to methat I had several more lives to live, and could not spare any more time for that one.(323)ウォールデンでの生活に単調さを感じる気持ちが、精神的に成長し た Thoreau の内面には芽生えていた。Walter Harding は、Tho- reau がウォールデンでの暮らしに終止符をうった理由は自らの計 画が達成されたため、新しい生活が始めたいからだと次のように指 摘している。
Althouth he was never basically to change the pattern of life he adopted at Walden Pond, by 1847 he began to feel that he had exhausted the particular benefits of his life there.... It was time to turn to other fields, he thought, before his life turned into a time-worn rut.(22)Thoreau は自然との共生関係によって、自己探求をすることで内 面的に生まれ変わったのだ。
さらに、Thoreau は徐々に彼の視野を森の生活から現実社会へ 拡大していった。William Habington は Walden の主題につい て象徴的に次のように語る。
"Direct your eye sight inward, and you'll find A thousand regions in your mind Yet undiscovered. Travel them, and be Expert in home-cosmography."(320)Thoreau が森の生活における生き方を提示することで、.読者に伝 えたかったことは未知の自己探求を成し遂げることの重要性であ る。"Nay, be a Columbus to whole new continents and worlds within you, opening new channels, not of trade, but of thought"(321) と語り、読者に自分自身の内面にある新しい面 を発見して、思考の新しい航路を開くように勧めている。自己探求 が、精神的に成長するために必要であることは明瞭だ。ウォールデ ン湖畔での生活を通じて、Thoreau は自然と向き合って共生関係 を築き、自らを探し求めることができた。彼はウォールデン湖畔で の生活が、成功のうちに終わったことを次のように語る。
I learned this, at least, by my experiment; that if one advances confidently in the direction of his dreams, and endeavors to live the life which he has imagined, he will meet with a success unexpected in common hours.(91)Thoreau が森の生活で新しい道を求めて理解したことは、人は夢 に向かって努力をすれば普段考えてもみなかったような成功に巡り 合えることだ。また、彼は簡素な生活をすることで、覚醒が呼び起 こされ、孤独が孤独でなくなり、貧しさが貧しさでなくなっていた。 Thoreau は精神的に浄化したため、自己変革を成し遂げることが できたのだと思う。
クールーの町の芸術家は完壁な杖を作ることを目指して努力して いて、彼は仕事に対する崇高な姿勢によって、現実の時間を永遠の. 時間に変えることができた。このクールーの町の芸術家の話は、 Walden の主題と関わってくる。
There was an artist in the city of Kouroo who was disposed to strive after perfection.... His singleness of purpose and resolu- tion, and his elevated piety, endowed him, without his knowledge, with perennial youth.(326)ついに芸術家は最も美しい杖を作り上げ、また完全で、見事な均整 をもつ世界を作り出した。これは精神的に調和のとれた人間のみが 達し得る世界だ。クールーの芸術家が完壁な杖を作ったように、 Thoreau は Walden という作品を生み出したのである。
Thoreau は有益で永続性を備えているのは真実だけだと考え、 真実が人生において最も重要だと信じている。彼は "appearance" (外観)と "rea1ity"(真実)について論証して、 その違いを明らかにしている。「外観」は一時的には役に立つが、有益で永続性を備えた 「真実」こそ Thoreau が森の生活で発見したことであり、結局、「真 実」は「外観」よりも勝っているのである。"No face which we can give to a matter will stead us so well at last as the truth.... we are not where we are, but in a false position. Any truth is better than make-belie+e."(327) と語るように、 永続するのは真実だけであり、どんな真実も見せかけよりは勝って いる。
普通の暮らしにおいて、人々はたとえそれがみじめなものであっ ても、真実に目を向けて受け入れる必要がある。現実と向き合うた めには、人々は自らの生活を楽しむべきだ。"It affords me no sa- tisfaction to commence to spring an arch before I have got a solid foundation.... There is a solid bottom every where." (330) と確かな根底を探求するよう読者に提案する。
Thoreau が幼い頃から馴れ親しみ、憧慣したウォールデン湖は 浄化された Thoreau の精神の象徴である。"Walden is a perfect forest mirror,... Nothing so fair, so pure,... lies on the surface of the earth. Sky water."(188) と森林を映し出す鏡で あり、地上の現実を越えた純粋で清らかなウォールデン湖への賛美 を送っている。そして、同じ場所から眺めてある日は紺色、別の日 には緑色に見えるウォールデン湖は、天と地、両方の色彩を帯びて いることから、精神世界と物質世界の間に存在していると考えられ る。さらに、"this pond is so remarkable for its depth and purity as to merit a particular description."(175) とウォール デン湖の深さと清例さは Thoreau の心を魅了する。底なしだと考 えられていたこの湖を毎日の 自然観察で実測することで、彼は湖を 詳しく知ることができた。"It was desirous to recover the long lost bottom of Walden Pond"(285) と、ウォールデン湖の湖底 をはかることは、Thoreau にとって自己探求を意味するのである。 そのため、確かな根底の探求とウォー'ルデン湖の根底の測量は関連 性があると言えよう。
そして、Thoreau は人の人格に高潔さと心の深さが存在するよ うに、ウォールデン湖にも道徳的意味を見出している。湖は道徳的 意味を含み、精神世界と関わりをもっている。そのため、湖は自然 と人間を結びつけ、自己探求する過程で果たす役割は大きい。 ウォールデン湖の未知なる深さは、観測するに足ものだ。"While men believe in the infinite some ponds will be thought to be bottomless."(287) と湖が底なしだと信じることは、人間の可能性 を暗示している。そのため、可能性を信じて、自己探求するよう Thoreau は読者に勧める。ウォールデン湖は心が洗われる思いを 抱かせる場所であり、真実を探求するには理想的な場所だ。底知れ ない深さ.で、実測されていなかったウォールデン湖は、Thoreau に とって重要な対象である。"Rather than love, than money, than fame, give me truth."(330) と愛情、金銭、名声よりも真実を伝 えることを望む。
Walden は、ある農家の台所にりんごの木で造られた、古びた. テーブルに六十年以上前に産みつけられた卵からかえって出てきた 美しい虫の話で結ばれている。"Who does not feel his faith in a resurrection and immortality"(333) と私たちは、この話から再 生と不減についての信念を感じることができる。文明社会から飛び 出し、自然に囲まれた生活の中で、自然と人間の共生関係を保ち、 自己を見つめ、内面的に生まれ変わって新しい人間となる自己探求` を Thoreau はウォールデン湖畔での生活で行った。
Thoreau は "Conclusion" で自分の求める人間としての生き方 を探し当て、自己変革を成し遂げたわけであるが、今度は私たちが 探求を始める番である。David Shi は "In Walden therefore, Thoreau was fundamentally preaching the advantages of self-culture, not writing a how-to book. Simplify your life, ... but do it in your own way."(23) と語り、Walden は 簡素な生活 のためのガイドブックではなく、各自の方法で自己探求するよう勧 めた作品だと指摘している。豊かな人間性を取り戻すため、自己を 見つめ直すことが私たちに求められていることなのである。
そして、Walden が不朽の名作である理由の一つには、Thoreau が私たちに簡素な生活を試みるよう強制しているのではなく、自然 と向き合い、本当の自分を発見する自己探求の重要性を認識するよ う求めていた点がある。ついに、Thoreau は自然と一体化して、自 然の一部となって暮らすことで、自然と人間の共生関係を築き、精 神的に浄化することができた。
Thoreau は私たちが内面的に生まれ変わらなければ、世界は闇 のままで夜は明けないと語る。
I do not say that John or Jonathan will realize all this; but such is the character of that morrow which mere lapse of time can never make to dawn.... The sun is but a morning star.(333)つまり、Walden は各自の方法で本当の自分を探し求めることの重 要性を明瞭に提示した作品であり、その後から私たちの探求が始ま るのである。
W
本稿は、ウォールデン湖畔での Thoreau
の生活における彼の内 面的探求に焦点をあてて論を進めてきた。彼は自ら建てた小屋で、
二年ニカ月にわたって生活を送った。独居生活をしている間、彼は
大部分の時間を散歩、動物の観察や自然観察に費やした。自然を観
察していくことで、彼は本当の自分を探し求め、その結果精神的に
生まれ変わることができた。社会制度にとらわれず、自然環境と調
和を保っ姿勢をもつことが、Thoreau の理想とした生き方だ。そし
て、健全な精神をもち、表裏のない Bronson
Alcott こそ理想的な 生き方を実現していて、Thoreau
が最も敬意を払う人物なのであ る。Thoreau
の自然観察の方法には、自然は人間の思想や精神の象
徴だと考える Emerson の影響が見られる。自然を観察することで
見出した考えを、Thoreau は Walden に織り込んでいった。
豆畑で自らが労働したことは、彼の自然に対する考え方が明確に 表れている。彼は豆について詳細な知識を得て、自然の統一性を理 解しようとした。豆に関しては、種子に虫喰いがあったため、芽を 出すことはなかった。しかし、この経験は彼が本当の自分を探し求 める上で、助けになった。
Thoreau は、簡素性を重視している点が特徴的である。彼の生活 は簡素を信念として成り立っていて、服は古着を身につけ、イース トなしのライ麦パン、じゃがいも、米、少量の塩漬けした豚肉など を食糧として、手製の家具や古い家具など最低限のもので家を整え た。
真実を探し求めるために、余分なものに惑わされない、質素な暮 らしを Thoreau は始めた。ぜいたく品に囲まれて生活することは、 人々を精神的に堕落させる悪影響を引き起こすだけなのである。精 神的なものに目を向けるには、簡素性は切り放すことのできない要 素だ。
Thoreau の文明を離れた簡素な生活は、多くの人々に影響を与 え、自然と向き合う生活を実践した先駆者とアメリカでは見なされ ている。Thoreau は簡素な生活の意義について述べただけでなく、 実際に行動に移したという点が画期的だった。
大工仕事、ペンキ塗り、測量などの能力に恵まれていた Thoreau は、行動力に富んでいた。超越主義を説く思想家である Emerson もまた、Thoreau の実行力に賛美を送っていた。
Walden はウォールデン湖畔における生活の記録であり、簡素な 生活を通じて自己探求することを目的とした作品である。自然の中 に精神的意義を見出せるという信念に基づいて、Thoreau は自然 観察に励む。そして、自然との調和を保った生活を送ることで、自 己探求を通じて、精神的に浄化したのだ。彼は自然を観察すること で、真実を探し求める。彼はウォールデン湖畔での生活を通じて、 本当の自分を探し出し、再生する人間の可能性を示している。その ため、本当の自分と真実の探求は密接な関連性がある。
Thoreau は、彼の方法に沿って簡素な生活をするように説いて いるのではない。彼が私たちに望んだのは、それぞれの形で自己探 求することだ。個人の能力を Thoreau は尊重する立場をとってい る。崇高なものを目指すためには、自分自身で方法を決めて、実践 することが重要である。
現代の豊かな物質や多くの機械に囲まれ、自然破壊の進んだ時代 において、Thoreau の簡素な生活から学ぶべきことは大いにある。 彼にとって真実を探求する上で、簡素性に重点を置いた生活をする ことは不可欠だ。
Emerson からの影響を強く受けた Thoreau は、Emerson の模 倣者と見なされがちである。しかし、Emerson は超越主義の思想家 であり、Thoreau は実践力に富んだ行動の人であったという点で、 両者には大きな違いがある。Thoreau の言葉に共感するのは、彼の 主張が時代を経ても色あせない、真実という永遠性をもったもので あるからだ。この作品で Thoreau が願ったことは、私たちがそれ ぞれの方法で自己を探し求め、精神的に再生することなのである。
注
(l) Walter Harding and Michael Meyer, The New Thoreau Handbook
(New York: New York University Press, 1980),
123.
(2) Ralph Waldo Emerson, "Nature,"
The Complete Works of Ralph Waldo Emerson (Boston: Houghton Mifnin & Co., 1903),
Vol. 1, Nature Addresses and Lectures, 25.
(3) Richard J. Schneider, Henry David Thoreau (Boston: Twayne, 1987) , 148.
(4) Schneider, Henry David Thoreau, 149.
(5) Henry David Thoreau, Walden, ed. J. Lyndon Shanley (Prmceton Prmceton
Umversity Press 1971), 14. 以下この版によ
る引用は括弧によってぺ一ジ数を示す。
(6) David E. Shi, The Simple Life: Plain Livcng and High Thinking
in American Culture (New York: Oxford University Press, 1985),
127- 128.
(7) Henry David Thoreau, Walden and Civil Disobedience, ed. Owen Thomas
(New York: W. W. Norton & Co., 1966), 11.
(8) Schneider, Henry David Thoreau, 56.
(9) Rrchard J Schneider, "Walden," The Cambridge
Companion to Henry David Thoreau, ed. Joel Myerson (Cambridge: Cambridge
University Press, 1995), 97.
(lO) Schneider, Henry David Thoreau, 110.
(11) Henry David Thoreau, The Writings of Henry David Thoreau
(Walden Edition) Vol. 18, ed. Bradford Torrey
(Boston: Houghton Mifnin & Co., 1906),
389.
(12) Emerson, "Nature," Nature, Address, and Lectures, 26.
(13) Harding and Meyer, Handbook, 182.
(14) Sherman Paul, The Shores of America: Thoreau 's Inward
Exploration (1958; rpt. Urbana: University of lllinois
Press, 1972), 305.
(15) Paul, Shores of America, 279.
(16) Paul, Shores of America, 329.
(17) Emerson, "Nature," Nature, Address, and Lectures, 43.
(18) Harding and Meyer, Handbook, 6.
(19) Thoreau, Writings, Vol. Il, 130.
(20) Thoreau, Writings, Vol. 18, 76.
(21) Stephen Adams and Donald Ross, Jr.,
Revising Mythologies: The Composition of
Thoreau 's Major Works (Charlottesville: University Press of Virginia,
1988) , 172.
(22) Walter Harding, The Days of Henry Thoreau (Princeton: Princeton University Press ,
1922), 197.
(23) Shi, Simple Life, 149.
(本稿は、1996年11月9日中京大学英文学会秋季大会における口頭発
表の内容に加筆し、修正を加えたものである。)